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2008年06月20日

記者のたまり場

30ミリを超える分厚い鉄板に、四ツ葉乳業製造の純国産溶かしバターを薄くひく。
「バターは上澄みしか使わない。底の方は脂肪分が濃くなって、くどくなってしまうからね」
オーナーシェフの御山(おんやま)は、鉄板の上で温められた溶かしバターの入った小さな銅製のピッチャーを、さっと動かしながら、鉄板の前に陣取っているお客に説明する。

「しかし、最近は品薄でね。その日の使用分を確保するのにも苦労する」とため息まじりに続けた。
それでも仕事をする手は緩めない。2本のコテはまるで、生き物のように鉄版の上を駆け回る。溶かしバターが熱で焦げないように注意しながら、バターの香りを取り出すためにコテでかき回したと思ったら、大きな鉄板の傍らでは、生のほうれん草に、これまたコテで、ザクッ、ザクッと切れ目を入れていく。お客の食べやすい長さに、あたかも包丁を使って切るかのように、素早い手さばきで均等に切り分けられていく様は、まさしく職人の技そのものだ。
31歳で脱サラして、今年で25周年を迎えたお店は連日、なじみの客を中心に満員である。店の反対側の鉄板では、長男が腕を振るっている。と、その前にはテレビで良く見かけるタレント氏の姿もあった。私も何度か、お店で一緒になったことがある。聞けば、常連さんと言うことだ。場所柄、外人のお客様も多いが、日本法人にいる間に、ここを見つけたお客が、転勤で、新しい人と引き継ぐたびに、このお店もまた、引き継いでくれれるのだそうだ。
「マスター、お店は相変わらず流行ってるね」
「いえいえ、毎日生きていくのがやっとですよ」そんなふうに謙遜しながら、笑顔を絶やさないマスターのその眼は、鉄板の状態を怠りなくチェックしている。
「お好み焼き ドヴァン・デ・ペー・テー・テー」は六本木ミッドタウンのすぐ前にある。メインの六本木通り側ではないが、俳優座側の入口前だから一見でも迷わないはずだ。知る人ぞ知る名店である。
http://r.gnavi.co.jp/a732900/
すでにおなかはいっぱいになっていた。レーベンブロイの生ビールからはじめて、こだわりの焼酎をボトルで頼む。ワインはマスターが自ら選んだハウスボトルの「赤」を一本。この間に、ほうれん草、椎茸、グリーン・アスパラ、さらにお店特製の味付き餃子と続く。すべて鉄板の上で火を入れるのだが、火加減が抜群で、そのまま生で食べるのとはまた違う香ばしさが加わって、素材の味をより一層引き立てている。
本日のメインは、メタボを気にしていて、「肉はしばらく食べていない」と語る友人に気を使って、「和牛ヒレ肉」である。私自身は適度に脂の乗ったサーロインが好きなのだが、ヒレもまた絶品であることには違いない。分厚い鉄板のおかげで、ミディアム・レアーに焼かれたステーキは、箸で食べられるように、サイコロ状に切り分けられている。外はカリッと、中はサクラ色だが、遠赤外線効果だろう、ジューシーさが損なわれることなく、芯まで熱が通っていて美味だ。後述するが、日々の仕入れ量が少ないので、予約時か、最悪でも席についたら、お肉の予約をすることをお勧めしたい。
マスターは白衣と山高帽こそ着けていないが、そこで供される食材と、その味は、高級ホテルの鉄板焼レストランに勝るとも劣らない。オーナーシェフの服装は、お店のロゴが入った半袖のポロシャツと決まっている。お店のスタッフも皆おなじシャツを着ている。アットホームな雰囲気がウリでもある。
東京ミッドタウンの中にも、高級ホテルやレストランずが軒を連ねているが、
「最近はミッドタウンで働いているお客様がたくさんきてくれます」と、遠慮がちなモノ言いながらも、御山の自信が見て取れる。
話しが脇道にそれてしまった。で、お店は「鉄板焼」とは銘打たず「お好み焼き」である。
「鉄板焼というとどうしても敷居が高くなってしまう。食事の中身はお客様が決めるもの。気軽な雰囲気の中で、好きな者を好きなだけ食べてほしい」からと、あえて「お好み焼き屋」を標榜する。
いけない!鉄版の上の溶かしバターが焦げてしまう。はなしを続けよう。お腹いっぱいではあるが、ペー・テー・テーの締めは、やはり定番の「お好み焼き」だろう。このお店はもちろん、いろんな具材を楽しめるお好み焼き屋ではあるのだが、いわゆる小麦粉を溶いたお好み焼きも、メニューにある。これが筆舌に尽くしがたいくらい美味い!
具材の仕入れは毎日欠かさず、築地に仕入れにいく。魚貝と野菜は仲卸から、肉は場外の、どちらもお店の開店当時からつき合っている業者から仕入れているという。
「なじみだからね。材料はいつも良いところをキープしておいてくれるし、肉なんか仕入れ値より、2.3ランク上のものを用意してくれる。お客様ともそうだけど、結局は人間関係ですよ」
御山の人柄が、四半世紀にわたって繁盛店を支えている。
「最近は、週の半分は、息子たちが仕入れに行ってくれるようになりました」
向かい側の鉄板で腕を振るう長男を頼もしそうに見つめるマスターに父親のそれを見た。
で、お好み焼きである。肉の後だから、お好み焼きの具材はイカで御願いした。国産小麦100%の生地を鉄版の上で素早く引き延ばす。脇で見るからに新鮮そうな、モンゴウイカだろうか、固まりを包丁でひとくちサイズに切り分けたら、頃合いを見計らって、生地の上に載せた。イカの上に少々の生地を載せ掛けたら、生地を裏がえし、丁寧に形を整えたら出来上がり。鉄板が分厚いし、25年使い込んだ鉄板だから、場所によっての温度も、シェフは熟知している。決して焦がすことはない。
「マスターのお好み焼きは関東風、それとも関西風?」
「どちらでもないから、強いて言えば御山風かな」
いかん!バカな質問をしてしまった。特製ソースとこれまた特製ブレンドのマヨネーズを振りかけたら、真ん中にからしをトッピングして出来上がりだ。もちろんお好み焼きは、お客の希望で、具材は何でも入る。黒豚ロースのお好み焼きも美味いし、貝柱もいける。野菜入りだってお手の物である。1枚900円から。
このほかエビ入りのオムレツや、特製ガーリックライスなど、1度では食べきれないほど、メニューは豊富。何度か通っているうちに、メニューにはない「裏メニュー」にお目にかかれるかもしれない。締めの「水だしコーヒー」はサービスだ。
おっと肝心なことを忘れていた。店名はフランス語で「郵便局の前」という。その昔、ミッドタウンができる以前、お店の前には旧防衛省の郵便局があったことからその名をつけたという。けれどもなぜ、フランス語なのか、本当の秘密はまだ教えてもらっていない。
玄関まで見送ってくれたマスターの笑顔を背中で感じながら、心も、胃袋も癒された。(文中敬称略)

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