日本沈没
友達の映画ライター嬢に、今回の日本沈没はどうなのよ? と問うたところ「見なくてもイイです」と袈裟斬りにバッサリ。彼女曰く、映画自体絞り込めたものと感ぜず、つまり、パニック映画なのかなんなのかわからないとのこと。旧作はれっきとしたパニックものでありましたが、比べてどうか? と重ねると「比べちゃいけません」と身もふたもない。
日本映画は特に女性客を集めんがための配役と脚本になりがちとか。「○○制作委員会」システムも、当初より版権ブツの利益配分に実は主眼があり、リスク一極集中回避の名目も同時に、ハナから皮算用の企業群のそろばん勘定の産物とのこと。こういう制作編成がすでに「映画離れ」も久しい状況に拍車をかけるのである、「映画ファンド」などこれまたハナからだれも幸せにならない構造だから「絶対手を出しちゃダメですよ」とライター嬢はギョーカイの悪しき構造に鼻息荒い。
や、構造腐敗はわかったから「日本沈没」はどうダメなのか、というと、集客向上を狙った無理のある配役がまずイカンという。たしかに、深海潜水艇パイロットに草ナギくんはもとより、ヒロイン役・柴崎コウが「ハイパー・レスキュー」隊員役で登場には違和感の特盛りである。「G.I.ジェーン」ではあるまいし。
また、日本沈没のキーマン・田所博士は豊川悦司だという。これも違和感だ。旧作での小林佳樹の熱演イメージが大きすぎる。そのほかライター嬢は、大地真央の「宝塚芝居」も鼻についたそうだ。
というように、集客を狙ったキャストがことごとくミスっていると思われるが、このキャストが「たったいま数字が出せる起用」なのも確かなのだとしたら、やはり、映画界の構造劣化に文句を言いたくなるライター嬢の気持ちには共感できる。
おりしも、湿舌という気象現象による梅雨前線の停滞・活性化の悪影響からか、豪雨被害が相次いでいる日本列島。被災された方々には実に腹立たしい映画タイトルになってしまった。異常気象の範疇から飛び出た映画ではあるが、どこかで関連づけて考えてしまう。インドネシアでの大地震頻発を見るとなおさらだ。日本が沈没しないまでも、ユーラシア・プレートとインド・オーストラリア・プレートの接合部分、つまりマラッカ海峡周辺で大災害が起きたとしたら、日本のシーレーンが機能しなくなったら、日本は過去の例を見るまでもなく一気に機能不全を起こす。従前言われ続けてきた話しだが、ずーっと日本は、日本人はこの対処ができていない。自分も含めて、だ。
−と、セルフのガソリンスタンドでレギュラーを20リットルだけ補給しながら思うのです。(貝方士)





