最近気がついたこと
2週間前より、自分の不注意から松葉杖や車椅子にお世話になる生活が続いている。
このような生活を始めてから、気がついたことがいくつかある。
最初は「バリアフリー」。自宅最寄りのバス停からバスに乗ろうとした。この路線は低床ノンステップバスが導入されており、松葉杖でも乗り降りは問題ないと思っていたが、低床とはいえ、路面からバスの床までの高さは、一瞬乗るのをためらうほど高く感じた。現実的には床を下げるのにも限界はあるのだろうが、バリアフリーにはほど遠いレベルに驚いた。数年前に低床バスなどなかったころ、バスに乗っていた時、車椅子の人が乗り込むので、運転手さんと居合わせた男性乗客数人で車椅子ごと持ち上げて車内に乗せた記憶を思いだした。立派なバスよりも、こんな助け合いのほうが真のバリアフリーなのかもしれない。
続いては駅のエスカレーター。これも最初は杖でも楽勝と思っていたが、スピードが速すぎて、エスカレーターに乗り込むタイミングがなかなか合わない。エレベーターも最近設置された場所がほとんどなので、駅の端などにあり使い勝手はいまいち。とまあ設備関係もさることながら、最大の問題はJR東日本に限った事なのかもしれないが、運転が下手なのか、乱暴なのかは知らないが、ブレーキのかけ方が急すぎる。運転手自体は座ったままだからいいかもしれないが、立っている人や、降りようとする人を完全に忘れているかのような乱暴さが目立ちすぎる。エレベーターやエスカレーターなどの設備を整えても、職員に真心がこもっていなければ、有り難みも半減以下。
次は日本人の良心に触れることができたこと。通勤時間のメインをはずして電車に乗るのだが、それでも電車内はまだまだ混雑している。しかし、杖をつきながら車内に乗り込むとすぐに席を譲ってもらえるし、私が歩きやすいように道をあけてくれたりする。それも普通のサラリーマンなどがである。なにげない親切なのだが、いままで人に親切にされる機会の少なかった(ということは自分も他人にあまり親切にしていなかったのかも?)私としては、「日本人もまだまだ捨てたもんじゃないな」とえらく感動してしまった。しかし若い人たちは例外。私が杖をついて歩いていても、進路を譲ろうという気持ちすらないようだ。それよりも、どう対処したらよいかわからないような素振りを見せる。30代から年配の人は、本能的に譲ってくれるのだが、これも最近の「ゆとり教育」の弊害なのだろうか。勉強も教えなければ、他人への思いやりなども教えない。いまどきの学校って何やってるの? と考えさせられた。まあいまどきの先生は、ガリ勉ひとすじで、要領よく点数取って、ライバルを蹴落として良い大学を出て先生になるんだから、他人を思いやる気持ちなんかあるわけないか?
怪我をしてふと考えたことでした。(ピシ)





コメント
小生も松葉杖のお世話になった経験がありますが、公共交通機関にはお世話にならない、なれない田舎在住者です。
しかし、
つれあいに言わせますと、女性は乳児がいれば松葉杖クラスの障害者も同然、とか。
そのころのつれあいがどうしても公共交通機関を使用しなければならない事態があり、乗車したのですが、やはり貴方のように中年のサラリーマンが助けてくれたそうですが、こういう苦しい状況を経験しているはずの「おばさん」は全く助けてくれなかったそうです。
あの人たちは若い者より「タチが悪い」です。自動車、自転車の運転でもそうでしょ?
若い者が悪いとは一般に言えませんよ。「おじさん(性格にはジジイ)」「おばさん(これは一般ですが)」の方がタチが悪いです。
投稿者: ZEKE |2006年05月28日 23:08